『SDGs(※)』という言葉が、2022年時点では、多くの世代に認知度が広がってきていると言えます。
各業態の企業が、SDGsにちなんだ活動を宣言し、
SNS等では、否定派層が陰謀論と紐付け、安易な対策を考える企業や人々を、口々に罵りだしています。
そのことが、認知度のクリティカルポイントを超えている証拠だと想像できます。
飽和を問題視。
SDGsの概念は、2015年の国連サミットで採択されて依頼、世界に広がりをみせ、順調に認知が進んでいると言えます。
実は、僕たちもSDGsを連呼している時期もありました。
ただ、僕たちが世に出る前に、各企業がSDGsを叫び出したので、僕たちは、"遅れて出てきたやつ"の立ち位置となってしまいました。恥ずかしいです。
今も、思想としては、本気で考えているのですが、SDGsという言葉を使うのは、SEOで拾ってもらえるようにしているくらいの数に減っています。
さて、本題ですが、僕が心配しているのは、SDGsの活動が、流行語のように扱われ、その後、廃れてしまう日が来るのではないかということです。
エシカル、エコ、社会貢献活動という言葉が、本質的な意味ではなく、利益の追求のために使われるようになったと言えると思います(すべてがそうだとは言いませんが。)。
過去には、エコ活、CSR、CSV、サステナビリティという言葉がありました。
それらの言葉を、今も同じ熱量で使っている方は、正直少数ではないでしょうか。
正直SDGsという言葉を聞くには飽き飽きしてきた。
2022年現在の日本では、ビジネス的な意味で使われることが多くなったように感じます。
それだけに、SDGsを使う方々が、良い人・良い企業であることを求められるようになっています。
また、どのくらいのレベルで取り組んでいるかも見られるようになりました。
すでにZ世代と呼ばれる世代のユーザーは、特に企業を 見る際の目線が厳しいと言われています。
僕も携わるアパレル業界では、特にその傾向が強いです。
アパレル業界は、コロナ禍の影響を受け、多くの企業が非常に苦しい戦いを強いられていました。
SDGsが抱えている問題
特にデザイン・広告業界等、日々コピーライティングに触れている方々は、飽和状態に気づいているように感じます。
そもそも、SDGsという言葉は、日本人がピンとこない言葉だと言えます(例えば、DX等も同じ。)。
その他にも、
- 活動の進度が見づらい。
- どのくらい社会が良くなるか。
- 飽きられる日が来そうだ。
- 活動家だけが残るようになる。
等、曖昧に表現できてしまう部分が多いです。
特に、日本では、高齢者の方が、まだまだ対応したくないという方が多いと感じます。
今さら。という気持ちもあると聞いたことがあります。
長期的な施策をどう解決するのか。
東京から大阪にたどりつくためには、どれだけの方法がある?っと、よく喩え話しで言われるように、様々な到達方法はあると思います。
僕が具体例を出して、読んでくださった方がアイディアを生む機会を潰すようなことはしたくないので、あくまで概念的な部分をザッと羅列形式で書きます。また、あえて簡易的な表現を用います。
マネる。
欧米諸国を含め、特にヨーロッパは非常に先進的だと感じることが多い。
また、日本人は既にあるものを伸ばすことは得意分野であると言えます。
強烈な動機・強いストーリーを語る。
明確な差別化
設計を見直し、ひたむきに売る
準備はとてもエネルギーの必要な作業ですが、そこでエネルギーを使い切ってしまってはいけません。改善こそが本当にエネルギーをかけるべきところで、大切な部分です。
一般の感覚に根付くように噛み砕いた表現を練る。
共闘者、コミュニティを創る or 参加する。
特に現代は大事と言われている仲間づくり。人数の大小ではなく、絆が強い仲間が大事です。同時に、サイレント・マジョリティとも言われますが、静かに応援してくれる仲間も大事でしょう。
「持続可能」という言葉に注目する。
活動は重要ですが、第一は自分の生活をおざなりにしないことです。あくまで、自分の暮らしが心地よい状態であることが前提だと言えます。自分の暮らしの重荷にならないように調整するべきと言えると思います。その他には、ポイント性を導入する。ゲーム的な要素を入れる。独自の自分たちに合った言葉で活動する(略語とか。親しめる言葉。)。など、楽しいことはたくさん考えれると思います。
1人1人の心と共に歩む
遠くまで進むには、多くの人々と歩むことです。
ただ、その進み方にも考えるべきところはあるのかもしれません。
多くの方々に向けた言葉を否定までするつもりはありません。
ただ、1人1人の心に根付くような形で、話しながら歩む進み方も大事なのではないでしょうか。各宗教を広めた創始者の行動を参考にするのも良いと思います。マーケティングの成功例なのですから。
その先に、小リーダーのような存在が現れると思います。
良いことも多い、インターネットですが、その拡散力に依存しすぎることも怖いことです。
これは、商売でも言えるかもしれませんね。
昔ながらの、1人1人に話しをする姿勢ではなく、なんとかしてバズらないか。という、効率の誘惑を求めてしまうことがあります。
1人1人に発言力がついたこの時代に、どのように、共に歩む方々を見つけるのか。
とても大事な鍵になるように思います。
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