家族や親族などの身近な人の死という体験から、この1年間は、「僕のライフワークは何だ?」「何のためにこの人生を使うのか?」というテーマと向き合ってきました。
難しいもので、その答えがなかなか出ない。
このブログも、本当にこのテーマで良いのかな…っと、更新を躊躇する1年間でした。
難しいもので、その答えがなかなか出ない。
このブログも、本当にこのテーマで良いのかな…っと、更新を躊躇する1年間でした。
未来の大人たちへ
僕は独立してからの10年間、仕事をする(大きな)基準を「次に活躍する世代にどんな価値を残せるか。」ということに置いて考えてきました。
ただ、自分自身も未熟なため、どんなことを表現していくかということに具体性がなかったり、時には、納期に追われ大原則を忘れてしまったりもしていました。
それでも、1つだけ、いつも心に持ち続けていたのは、大人が、「大人になることは楽しい!」っと自信を持って子どもに言える社会にしたい。という想いでした。
子どもがうまれて想う
もちろん世界中の子どもたちが、とてもかわいく、大切なことは分かってはいたものの、僕たち夫婦のところに子どもが来ると、想像以上のことが自分自身におこったことを感じました。
道行く子どもたちを見るだけで、瞬時に情が湧いてくるようになったのです。
子どもは元々好きだったものの、まさか自分自身がそうなるとは思ってもいなかったのが事実でした。余談ですが、僕は勝手に、これはDNAに書き込まれたものではないかと想像しています。
若い世代たち
この数年、インターネットが普及した恩恵からから、若い世代の起業家さんが急増しました。
これからさらに、個人で仲間を集めて会社をつくり、好きなことだけをして生きるという仕事のスタイルがスタンダードになることは目に見えて明らかです。
僕もその考えには大賛成。
ただ、僕が起業したころには、その逆の子どもたちが目立っていました。
「生きていることが楽しくない」
そんなことを言う子どもたちが多くいました。
先程書いた、「大人になることが楽しい!と言える社会にしたい」という考えが生まれたのも、こんな子どもたちの言葉をリアルに聞いたからです。
それに、僕がアルバイトを始めた中学生くらいの頃、同じような言葉を僕に投げかけ、「30歳を過ぎる頃にはお前もそうなる」っという大人が周りにいたことも、自分の心に反発心を起こすきっかけになったからかもしれない。
自分が残せるもの
僕自身は、かつてはミュージシャンたちの書いた詩やインタビュー、漫画、映画などから生きる方向を見出しました。
ただ、自分の子どもが同じような幸運に巡り合わせるとは限らない。何か方位磁針になるものを残したい。と考えるようになりました。
自分自身にも言えることですが、親の直接の言葉は素直に受け入れにくいものです…
何か距離感をとって聞けるものはないかと考えたのが、このブログを本にしていくことです。
彼女が、字を読み、文をちゃんと理解できるようになった歳には、僕という存在が今とは違うものに変わっていると思います。
そんな時に、僕の言葉をどう感じてもらえるのか。
今から楽しみです。
何年も曖昧な目標で続けてきましたが、いよいよ僕の生きるテーマが決まったという気がしています。

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